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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)706号 判決

上告人

清水清明

上告人補助参加人

米倉静栄

ほか一名

代理人

下飯坂潤夫

ほか四名

被上告人

広瀬英利

ほか二名

代理人

長井源

ほか七名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浜口雄、同江谷英男の上告理由第一および同人らの上告理由第一点ないし第三点ならびに同下飯坂潤夫の上告理由および追加理由について。

民法一〇二三条一項の規定は、前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨を定め、同条二項の規定は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨を定めている。すなわち、同条二項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為(以下単に生前処分という。)と抵触する場合には、その抵触する部分については、遺言を取り消したものとみなす旨を定めたものである。

その法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないが、他面において、遺言の取消は、相続人、受遺者、遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響をおよぼすものであることにかんがみれば、遺言と生前処分が抵触するかどうかは、慎重に決せられるべきで、単に生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によつて確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当である。すなわち、遺言後に遺言者がした生前処分がその内容において遺言に抵触するものであつても、それが無効であり、または詐欺もしくは強迫を理由として有効に取り消されたときは、その生前処分は、はじめから法律行為としての本来の効力を生ぜず、または生じなかつたことになるのであるから、その生前処分は遺言に抵触したものということはできない(民法一〇二五条但書参照)。これと同様に、その生前処分が停止条件つきのものであるときは、その停止条件が成就したことが確定されないかぎり、その生前処分は法律行為としての本来の効力をいまだ生じていないのであるから、それが内容においてすでになされた遺言と抵触するものであつても、いまだ遺言に抵触するものということはできず、したがつて、遺言は取り消されたものとみなすことはできない。そして、このことは、右の停止条件がいわゆる法定条件にあたる場合であつても、法律効果が生じていない点からみれば、同様に解することができる。

ところで、一般に、財団法人の設立については、設立者の寄附行為と主務官庁の許可という二個の必要条件があつて、財団法人の設立者のする寄附行為は、法人を設立しようとする効果意思と一定の財産をこれに帰属させようとする効果意思とを内容とする相手方のない単独行為で、一定の財産の出捐と寄附行為書の作成によつてされるところ、その法律効果である財団法人が設立されるためには、主務官庁の許可をえることが必要であつて、主務官庁の許可をえてはじめて財団法人が設立されることになる。その意味において、財団法人の設立を目的とする意思表示は、主務官庁の許可という成否の未確定な将来の事実を法定の停止条件とするものであると解するのが相当である。

したがつて、遺言による寄附行為に基づく財団法人の設立行為がされたあとで、遺言者の生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為がされて、両者が競合する形式になつた場合において、右生前処分が遺言と抵触し、したがつて、その遺言が取り消されたものとみなされるためには、少なくとも、まず、右生前処分の寄附行為に基づく財団設立行為が主務官庁の許可によつて、その財団が設立され、その効果の生じたことを必要とし、ただ単に生前処分の寄附行為に基づく財団設立手続がされたというだけでは、その法律効果は生じないから、遺言との抵触の問題は生ずる余地がないことは、前述したところから、明らかである。

原判決の判示するところによると、清水千代二郎が昭和三一年一月一三日原判決の遺言をもつて第一審判決の別紙第一記載の財団法人清水育英会設立の寄附行為をしたこと、右千代二郎が、その生前で、右遺言後の同三一年一二月二五日第一審判決の別紙第二記載の財団法人三桝育英会設立の寄附行為をし、財団設立手続をしたが、これについていまだ主務官庁の許可がされていないというのであるから、右確定した事実のもとでは、右生前処分にあたる財団法人三桝育英会設立の寄附行為は、まだその効力を生じていないというべきであつて、これだけでもつて、前記遺言による財団法人清水育英会設立の寄附行為と抵触すべき生前処分があると解することができないものといわなければならない。

それゆえ、原判決は、前記説述とは異なるけれども、本件について、清水千代二郎の遺言と生前処分との間に民法一〇二三条二項にいう抵触が生じないとした結論は、結局、正当である。

原判決には、所論のような違法はなく、所論は、結局、原審の認定しない事実を前提として原判決を非難するか、または、独自の見解に立つて、原判決を非難するに帰し、採用しがたい。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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